【京都の弁護士グループ】安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

怒れる京都の女性弁護士たち(男性弁護士も可)が安保法制の問題点について意見するブログです。

刑事訴訟法改正案の問題点~不十分な取調べの可視化と引き換えに盗聴拡大、司法取引新設

 不十分な取調べの可視化(録音・録画)と引き換えに、盗聴の拡大や司法取引の新設など、警察・検察の権限を拡大しようとする刑事訴訟法改正案が、若干の修正の上、衆議院で可決されて、現在は参議院で審議中です。 

 

1 取調べの可視化を求める気運の高まり

 2003年には、志布志事件で、警察が「お前をそんな息子に育てた覚えはない」等と書いた紙を踏みつけさせる「踏み字」を強要したり、「容疑を認めなければお前の家族も逮捕する」等と脅迫したりといった自白強要を行っていたことが明らかになりました。

 氷見事件では、警察で「お前の家族もお前がやったに違いないと言っているぞ」等と言われて自白し、懲役3年の判決を受けて服役し、出所の翌年に真犯人が見つかって2007年10月に再審で無罪判決が言い渡されました。

 足利事件では、菅谷さんは警察で「お前がやったんだろ」等と自白を強要されて無期懲役判決を受けて服役し、逮捕から19年後の2010年3月になってようやく再審で無罪判決が言い渡されました。

 2010年には、厚労省局長事件で担当検察官が証拠品のフロッピーディスクのデータを改ざんしていたという証拠隠滅事件が明らかになりました。

 また、同じ2010年には、大阪・堺支部の検察官が放火事件の取調べの際に、知的障害に乗じて回答を誘導して調書を作成していたことも明らかになりました。

 布川事件では、桜井さんと杉山さんは警察で「アリバイが言えないのは犯人の証拠だ」「(もう一人が)お前とやったと言っている」等と言われて自白し、無期懲役判決を受けて服役し、逮捕から44年後の2011年5月になってようやく再審で無罪判決が言い渡されました。

 このように、警察・検察による自白強要・誘導が行われ、それによっていくつもの嘘の自白が作られ、自白に偏重した裁判により、無実の人が服役させられる事態にまでなっていることが明らかになりました。それにより、密室での取調べへの批判が強まり、取調べ状況を可視化=録音録画をすべきであるという気運が高まりました。

 

2 この法案ができるまで

 警察・検察批判と全面的な取調べの可視化を求める声の高まりを受けて設置された「検察の在り方検討会議」は、2011年3月31日に「制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築」することを求めた提言を公表し、これを受けて、2011年5月18日、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が設置されたました。

 しかし、警察・検察は、この特別部会での3年以上にわたる審議を通じて、取調べの可視化をできる限り限定するとともに盗聴の拡大や司法取引の導入など警察・検察の権限の拡大強化とを強力に推し進めました。

 このような経過により、法制審答申は本来の任務である冤罪防止のために警察・検察の強大な権限を監視して適正手続を保障するための提言から大幅に逸脱し、この答申に基づいた刑事訴訟法「改正」案も、以下に述べるように本来あるべきものからほど遠いものとなっています。

 

3 法案の内容

 この法案には、様々な内容が詰め込まれています。主な内容は、①裁判員裁判対象事件と検察独自捜査事件における取調べの録音・録画の義務づけ、②他人の犯罪についての供述と引き換えに自分の罪を軽くしてもらう司法取引制度の創設、③被疑者国選制度の全勾留事件への拡大、④公判前整理手続での証拠リストの開示制度、⑤犯罪被害者等及び証人の保護方策の拡充、⑥証人不出頭罪、犯人蔵匿罪等の法定刑引上げ、⑦即決裁判手続で被告人側の同意が撤回された場合等の再起訴(ひいては再捜査)の許容、⑧盗聴(通信傍受)の対象犯罪拡大・手続緩和等です。以下、主な問題点を見ていきます。

 

(1)取調べの可視化(録音・録画)

 取調べの可視化は、取調べの状況をビデオ録画・録音するものです。現状の取調べは密室で行われます。捜査官にどんな脅迫や誘導を含む自白の強要をされたのか、本人がいくら説明しても、警察も検察も否定するのが常です。けれど、実際には、志布志事件でも足利事件でも布川事件でも、自白が強要されていました。取調べの状況がすべて録音・録画されていれば、事後的な検証が可能となり、ひいては露骨な脅迫や誘導は抑制されるはずです。そのためには、すべての事件で、すべての取調べについて、最初から最後まで録音・録画がなされなければなりません。

 法案では、取調べの録音・録画を義務づける対象事件が裁判員裁判対象事件と検察独自捜査事件に限られているため、全刑事事件のわずか2~3%でしかなく、必要な可視化にはほど遠いものです。しかも、それさえ施行は3年も先延ばしという念の入れようです。

 また、在宅事件や参考人としての取調べで自白が強要された例もあるにもかかわらず、これらは対象外とされています。

 しかも、機器の故障や暴力団構成員による犯罪など例外を広範に認めているため、捜査機関の恣意的判断によって録音・録画がなされない可能性があります。機器の故障には予備を準備し、それでもダメな場合には機器が準備できるまで取調べを行わなければよいのであり、例外なくすべての場合に全過程を録音・録画をしなければ、取調べの適正を保障する制度にはなり得ません。

 このように法案は中途半端な制度であるため、可視化がなされても一部のみの録音・録画になる可能性があります。しかし、脅迫や利益誘導等により自白させた上で、その後に録音・録画すればもっともらしい自白場面が出来上がるわけで、一部可視化は却って判断を誤らせる危険なものです。

 

(2)証拠開示

 捜査機関の証拠は国家権力と税金を使って集められたものであり、いわば公共財産として検察側も弁護側も等しくアクセスして利用できるべきです。しかし、実際には検察側が証拠を独占し、弁護側に有利な証拠は隠してしまうことすらあります。

 しかし、この法案で交付されるのは「検察官が保管する」証拠のみのリストであり、証拠そのものが開示されるわけではありません。しかも、警察が検察官に引き継いでいない証拠は対象外で、実際にどのような証拠が収集されたのかは明らかになりません。また、公判前整理手続をしていない事件は対象外であり、その点でも不十分です。

 さらに、検察官が「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生ずるおそれ」があると判断した項目は記載しないことができるなど広範な例外を設けており、恣意的に記載されないおそれがあるなど、極めて不十分なものです。

 

(3)司法取引

 この法案で規定されている司法取引は、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするための供述等をすることを条件に、検察官がその被疑者・被告人を不起訴にしたり略式罰金で終わらせたり特定の求刑をしたりすることを合意するというものです。

 犯罪の疑いを掛けられた人は、自分の罪を軽くしてもらいたい一心で捜査官に迎合的になりやすい状況にあります。そのような状況で捜査官から「Aさんの件について知らないか」と持ちかけられたら、誘導に乗って他人を巻き込む虚偽の供述をしてしまい、第三者の冤罪を生み出してしまう危険性があります。美濃加茂市長収賄冤罪事件では、検察側立証の要であった「共犯者」の供述が検察との取引によって得られたものだったのではないかという疑いが指摘されています。

 しかも、この取引に関する供述状況については録音・録画は義務づけられていません。これでは、取引によって立証される「他人」にとっては、どんな誘導や供述のすりあわせが行われたのか、検証すら不可能です。

 なお、この司法取引の協議は、原案では被疑者に異議が無ければ弁護人抜きで被疑者だけと行うことが出来るようになっていましたが、衆議院での修正で、弁護人が必ず協議に関与することになりました。しかし、少なくとも本人及び「他人」についてどのような証拠があるのかが開示されて捜査状況を把握しなければ、弁護人としてもどのようなアドバイスをすればよいのか判然としません。本人が言うとおりに司法取引をしたら、実は虚偽供述で他人を巻き込んでしまうという危険性は弁護人が関与したからといって避けられるとは限りません。

 

(4)盗聴の対象犯罪の拡大

 現行の盗聴法(通信傍受法)は、過去の犯罪に引き続いて将来犯罪が行われると疑うに足りる十分な理由があると裁判所が判断した場合に、令状に基づいて通信を盗聴するものです。プライバシー権、通信の秘密を侵害するものであるため、対象犯罪は組織的殺人や薬物、銃器犯罪などに限定され、厳格な手続が定められてきました。

 ところが、本法案では、対象犯罪が傷害、窃盗、詐欺などの一般的な犯罪に幅広く拡大され、共犯事件の疑いをかければ容易に盗聴ができることになっています。

 また、通信事業者等による立会・封印等の厳格な手続が不要とされることにより、外部の監視がなくなり、濫用の危険が高まります。

 なお、衆議院での修正によって、盗聴終了後に当事者(盗聴記録に記録されている通信の当事者)になされる通知に、現行法に規定されている盗聴実施の日時や通信手段、罪名などに加えて、盗聴記録の聴取や不服申立ができることを記載することになりました。しかし、この事後の通知は、そもそも事後的なものであって盗聴自体を止めることはできない上、盗聴終了から30日以内(場合によっては60日以内)に通知すればよく、しかも、当事者が特定できないとか所在が不明であるとかいう理由で通知しないことも可能なもので、捜査の適正化にはあまり役に立たないと思われます。

 この拡大により、プライバシー権、通信の秘密の侵害であることから厳格に限定的に抑制されてきたはずのものが、必要であればできるものとされることで、盗聴が歯止め無く行われることになりかねません。盗聴が、既に施行されている秘密保護法や虎視眈々と狙われている共謀罪と結びついたとき、「物言えば唇寒し」の時代が再来することになります。

 

4 最後に

 この法案の施行日は、取調べの可視化が公布から3年以内とされているのに対して、法定刑の引上げは20日以内、盗聴拡大は6ヶ月以内、司法取引は2年以内とされています。このことからも、狙いが取調べの可視化ではないことは明らかです。

 このように、本法案は、冤罪防止のために警察・検察の強大な権限を監視して適正手続保障をするためのものではなく、警察・検察の狙い通りに取調べの可視化を限定的なものにして警察・検察の権限を拡大強化するものです。

 とりわけ盗聴の拡大は、誰と、何を話したのか、を警察・検察が監視することにつながります。

 本来行うべき取調べの可視化と証拠開示、被疑者国選弁護の拡大のみを徹底して実現するとともに、他の部分は削除して廃案にすべきです。

(弁護士 大杉光子)

 

(2016.6.11追記)

上記刑事訴訟法改正案の成立を受けた、大杉弁護士によるコメントです。

gekidojo-kyoto.hatenablog.com

 

(2016.7.5追記)

6月14日、刑事訴訟法改正をテーマとして勉強会を行いました。

下記の記事に勉強会で用いたレジュメ及び資料を公開しておりますので、併せてご覧ください。

gekidojo-kyoto.hatenablog.com

 

※併せてお読みください。↓↓↓

gekidojo-kyoto.hatenablog.com