【京都の弁護士グループ】安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

怒れる京都の女性弁護士たち(男性弁護士も可)が安保法制の問題点について意見するブログです。

刑事訴訟法改正と今市事件 ~取調べの可視化の間違った使い方が冤罪を増やすかも  

 5月24日、通常国会で、改正刑事訴訟法が成立してしまいました。

 罪証隠滅の法定刑の引き上げ等は今年6月23日から、盗聴の対象犯罪拡大は今年12月まで(6か月以内)、司法取引は2018年6月まで(2年以内)、盗聴手続の緩和と取調べの録音録画制度導入は2019年6月まで(3年以内)に施行されることになっています。

 前にも書いたように、改正法は、取調べの可視化と引き換えに捜査機関に様々な武器を与える「焼け太り」の法律です。たとえば、盗聴できる犯罪の範囲を拡大し、しかも通信事業者による立会・封印等の厳格な手続を不要にするなど、盗聴を警察にとって使いやすい制度にしています。また、「共犯者」とされた人のことを供述すれば自分の処分が軽くなるという形の司法取引を新設することで、共犯者のウソの供述による冤罪事件が増える危険性があります。

 

 では、そんな危険なものと引き換えに「獲得」されたはずの、取調べの可視化は、本当に冤罪防止の決め手になるものなのでしょうか。 

 

 今市事件(2005年に起きた栃木女児殺害事件、2016年4月宇都宮地裁で無期懲役の判決)では、取調べの録音録画映像が法廷で上映され、これが決め手となって有罪判決が出されたと報道されています。

   この事件では、客観的な直接証拠がなく、状況証拠についても「犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が含まれているとまでは言えない」と判決で指摘されているように、証拠としての決め手に欠けるものだったようです。

   そこで、法廷では否認している被告人が、取調べの段階で一時期供述していた自白が、任意になされた自白なのかどうかが問題になりました。その任意かどうかの証拠として、被告人が自白している様子を録画した映像が法廷で上映されたのです。

 録画された映像には身振り手振りを交えて事件の状況について説明している被告人の姿が記録されており、その中で被告人が語る自白が「実際に体験した者でなければ語ることのできない具体的で迫真性にとんだ内容」であるとされたことから、有罪の決め手になったと報道されています。

 

 人は、言葉そのものよりも、その言葉を語っている人の態度や表情を見て、その言葉が信用できるかどうかの品定めをしています。それゆえ、文章として書かれたものや録音された音声よりも、話している様子を録画した映像には格段に強い影響力があります。

 普通の状況であれば、話し手の態度や表情からその言葉が信頼に足りるかどうかを判断するという常識は正しいと思います。しかし、何日間も自由を奪われた拘禁状態で、外界から遮断されて、手帳や資料を見ることもできず、たった一人で、取調べを受ける状況というのは、「普通の状況」ではなく、極めて特殊な状況なのです。

 普通の人は、本当にやっていないのであれば重大な事件を自分がやったと言うはずはないし、本当にやっていないのであれば事件の内容について具体的に話をすることなどできるはずがないと思うでしょう。

   ですが、これまで多くの冤罪事件で(あとで真犯人が見つかったような事件も含めて)、無関係な人があり得ない自白をしています。多くの冤罪被害者は、何を言っても信じてくれない、誰も自分の味方になってくれないという孤立した状況から逃れるために、捜査官に迎合して、受け入れてもらえるような嘘の自白をしてきました。捜査官が小出しにする情報や証拠から、捜査官が期待するような答えを一生懸命探して「具体的で迫真性にとんだ内容」を作り出し、取調べを繰り返すうちにもっともらしく話ができるようになっていくのです。

 

 そういう冤罪被害者の現実を知っていれば、手振り身振りを交えて「具体的で迫真性にとんだ内容」を語っていることが、本当に体験したことだとは限らないことがわかります。「取調べで自白をしている様子を録画した映像」というのは、実は、人を惑わせる危険な映像なのです。

  しかも、この事件で録音録画されていたのは、実際に行われた取調べの一部でした。一番重要な、最初に自白したとされているときの取調べは録画されていません。また、その後の3ヶ月半に行われた警察の取調べも録画されていません。取調べを繰り返した後の場面しか録画されていなかったのです。

 

 ですので、取調べでの様子を録画した映像は慎重に扱うべきですし、その自白が信用できるかどうかの判断のために上映すべきではありません。基本的には、暴行・脅迫や誘導などが行われていないかどうかをチェックするためだけに使うべきです。それすら、少なくとも一番最初の取調べからすべての取調べが記録されていなければ意味がありません。

 

 しかし、今回の改正刑訴法で導入された取調べの録音録画制度は、裁判員裁判対象事件などごく一部の事件のみ(全事件の3%程度)しか対象にしていません。重大事件であるほど、別の事件で逮捕して取調べをすること(別件逮捕)がしばしば行われます。今市事件も、当初は殺人事件ではなく商標法違反という全く別の事件での逮捕であり、その別の事件の起訴後の取調べで一番最初の自白がされたそうです。このような別件の起訴後勾留中の取調べの場合は、録音録画の対象にならないというのが法務省当局の説明です。

 

 また、録音録画しなくてもよい例外事由はあいまいで、恣意的に運用されるおそれがあります。しかも、自白調書を作った日の取調べの録音録画の記録さえあれば、初めて自白したとされる日の取調べの録音録画の記録がなくても、自白調書を証拠として請求することは禁じられていません。そして、何よりも、自白している様子を録画した映像を上映することによる格段に強い影響力による危険性は考慮されていません。このように、今回導入が決まった取調べの録音録画制度はいろいろ問題が多いものです。

 10数年前、当時既に取調べの録音をしていたイギリスに視察に行ったとき、模擬取調を見せてくれた刑事の発言を聞いたときの衝撃は今も覚えています。

 「『監視カメラに君の姿が映っているところを想像してご覧』と言ったあと、しばらく黙って被疑者に考えさせる。ただし、あまり長く沈黙してはいけないんだ。沈黙が長いと、被疑者に圧迫を加えたと裁判所に判断されてしまうから」

 ・・・それを聞いた私は、取調べを録音するだけではダメなんだ、露骨な暴行・脅迫や誘導は抑止されるかもしれないけれど、露骨でない圧迫や誘導等々を抑止するためには裁判所がイギリスのような判断をしてくれなくてはダメなんだと思いました。

 そういう意味で、取調べの録音録画制度は、限界のある制度です。それでも、露骨な暴行・脅迫や誘導が抑止されるだけでも、日本の現状からすれば一歩前進だと思います。しかし、自白している様子を録画した映像が自白を信用できるという判断に利用されるようになるのであれば、むしろ冤罪を増やす危険性すらあると思います。

 

 それなのに改正刑訴法は成立してしまいました。次は、きっと共謀罪法案・・・。

(弁護士 大杉光子)

 

※本文中で指摘された共謀罪法案の問題点については、日弁連のホームページをご参照ください。

日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)

 

【2016.7.5追記】

 

※6月14日、刑事訴訟法改正をテーマとして勉強会を行いました。

下記の記事に、勉強会のレジュメ及び資料を公開しておりますので、併せてご覧ください。

gekidojo-kyoto.hatenablog.com