【京都の弁護士グループ】安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

怒れる京都の女性弁護士たち(男性弁護士も可)が安保法制の問題点について意見するブログです。

ウェブ学習会「安保法廃止に至る現実的なルートは何か」(上)~裁判所による違憲判決の可能性

安保法廃止に至る現実的なルートを考える

 平成27年9月19日にいわゆる安保法案が可決され、11の安保関連法が成立しました。

 しかし、平成27年6月4日の憲法審査会における憲法学者の安保法案違憲発言に言及するまでもなく、安保法は違憲の疑いが極めて強いものです。
 そこで、これらの違憲立法に反対する立場からは、どのようなルートでアプローチすることが安保法廃止に最も近いのかを考える必要があります。

 この点に関してそもそも、なぜ違憲な法律が成立し、執行されてしまうのかについては、安保法案可決前の時期に本ブログでも一度触れました。

止められるのは今しかない!?~憲法違反の安保関連法案が成立した場合の法的効力~ - 安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

 

  今回は上記の記事をもう少し深掘りしてみましょう。

  

違憲判決までに立ちはだかる4つのハードル

 

 さて、本来憲法に違反する法律は無効です。

 しかし、どのような法律であってもその法律が憲法に違反するかどうかを終局的に判断をする役割は、三権分立の下、司法権を司る裁判所のみにあります(違憲立法審査権)。

 そこで、我々としては、まず裁判所が安保法について違憲無効の憲法判断を下してくれることを期待します。

 しかし果たして、我々は裁判所が期待に応えてくれると信じて待っていて良いのでしょうか。

 実は、裁判所が安保法違憲無効の憲法判断を下すには、幾多のハードルがあります。

 

(1)入口のハードル(付随的審査制)

 まず、日本の違憲立法審査は具体的事件を解決するのに必要な限度で違憲審査権を行使する付随的審査制が採用されています。

 付随的審査制の下ではまだ何ら具体的事件が発生していない段階で法律の合憲・違憲を判断できません。
 たとえば、自衛隊員が集団的自衛権行使のための出動命令を受けて、これを拒んで解雇された場合に、出動命令の根拠となる安保法自体が違憲無効であると主張して解雇の効果を争うような場合に初めて、裁判所は安保法の違憲性について判断できるのです。
言い換えれば、そのような事件が起きて訴訟として裁判所に持ち込まれるまでは、裁判所は安保法の違憲性について判断できません。

 安保法はまだ運用が始まったばかりです。
 現実的に考えて、安保法に関する具体的事件が発生するのはまだ何年も先でしょう。
そのときまで安保法の運用は続きます。

 

(2)期間のハードル(三審制)

 次に、具体的事件が発生し、安保法についての憲法判断を問う訴訟が提起されても、ただちに判決が下されるわけではありません。
 しかも、三審制の下、事件は一審だけで終わらず、高裁での控訴審(二審)、最高裁での上告審(三審)を経なければなりません。

 各審理において要する期間はケースバイケースですが、感覚的には一審に1~2年、控訴審に半年~1年、上告審に3ヶ月~半年で、平均2~3年を要するという感じです

 ただし、安保法の違憲無効を争うような大事件の場合は上告審判決までに、通常の事件よりも長期間を要することも考えられます。

 そして、上告審判決まで、やはり安保法の運用は続きます。

 

(3)出口のハードル(憲法判断回避の準則・統治行為論)

 また、上告審判決が出たからといって、必ず安保法の違憲性について判断がされるとは限りません。

 まず、憲法判断は事件の解決に必要な場合以外は行わないという憲法判断回避の準則があります。

 たとえば、安保法に基づく出動命令違反を経て解雇された自衛隊員が解雇無効を争う場合、安保法の違憲性は争点となり、判決において憲法判断が示される可能性があります。
 しかし、出動命令違反以外にも服務規律違反や犯罪行為などの解雇事由がある場合、たとえ出動命令違反の事実がなかったとしても解雇は有効と判断できる場合があり得ます。
 そのような場合、裁判所は、出動命令違反に関連して安保法についての憲法判断はせずに、裁判所は解雇有効の判決を下すべきことになります。
 これが憲法判断回避の準則です。

 次に、国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については、裁判所による法律判断が可能であっても、司法審査の対象から除外すべきとする統治行為論があります。
 統治行為論は砂川事件で一躍有名になりました。
 このような統治行為論の下では憲法判断回避の準則の下においても、憲法判断をすべき場合ですら、裁判所は憲法判断を行わないことになります。

 つまり裁判所は、何とか判決までこぎ着けて、安保法について違憲と判断できそうな事案についてすら、憲法判断をしてくれないことがあり得るのです。

 安保法関連事件が、訴訟でこのような解決の仕方をしてしまったときには、あらためて別の事件が訴訟提起され、判決に至るまで、安保法についての憲法判断はまたお預けになってしまいます。                                                                                            

 

(4)偏りのハードル(司法官僚統制)

 そして、ついに判決で安保法についての憲法判断が下される場合であっても、裁判所が違憲無効の判断をしてくれるかについては、楽観できないところです。

 普通に考えたら、国内のほとんどの憲法学者や法律実務家が違憲と断じている安保法について、裁判所が合憲の判断をするとは思えないかもしれません。

 しかし、戦後、法令の違憲性が争われた事件は無数にありますが、その中で法令そのものが違憲であると裁判所が判断した事例は、わずか10件です。
つまり、違憲訴訟における市民側のこれまでの勝訴率は、絶望的なほどに低いのです。

 戦後、絶望的に勝訴率が低い訴訟類型は、違憲訴訟だけではありません。
無罪を争う刑事事件や、行政処分等の違法性を争う行政訴訟などについても市民・被告人側の勝訴率は極めて低いです。
 たとえば、平成26年の司法統計によると、年間の一審段階の刑事事件の総数は7万2114件、そのうち無罪判決がされた事件数は109件、実に無罪率は0.15%です。
1000件に1~2件しか無罪の事件はないというのです。
 検察も神様ではありません。
 この極端な数字を、「検察の起訴がしっかりしている」というだけで片付けて良いのでしょうか。

 違憲訴訟、行政訴訟、刑事事件、これらの共通点はいずれも争う相手方が国だということです。

 一方当事者が国となる裁判では実際問題、国側の勝訴率が突出して高いのです。
 そして安保法違憲訴訟においては、最終的にこの「国の勝訴率」のハードルを越えなければならないのです。


 では、なぜこれほどまでに訴訟における国の勝訴率が高いのでしょうか。
 その原因は明らかではありませんが、有力な説として最高裁事務総局による官僚司法統制の影響を指摘する説があります。

 裁判所法では裁判所の予算編成や人事権などを司る司法行政権は、本来行政を司る内閣ではなく、最高裁判所に帰属するとされています。
 そして、最高裁の司法行政事務においては最高裁事務総局がその実権を握っています。

 しかし、現実に予算を編成する上では財務省との折衝が必要ですし、人事権についても最高裁長官や最高裁判事については、憲法上内閣に委ねられています。
 そのため、裁判所法が最高裁に司法行政権を与え、その実権は最高裁事務総局が握っているとはいうものの、政府の強い影響は免れず、最高裁事務総局は政府の意向を完全に無視して仕事をすることは困難だと言われています。
 そこで、最高裁事務総局にはなるべく裁判所がここに脚注を書きます政府の意向に反しないよう、政府の意向を配慮、忖度する動機付けが発生します。
 そして、その配慮、忖度は個別の裁判の内容にまで影響を及ぼすに至っている、これが国の突出した勝訴率の正体だというわけです。

 最高裁事務総局の政府への配慮、忖度は、現場の裁判官に対する司法行政権の行使という形で実現されます。
 政府の意向に反するような裁判をする裁判官を人事上冷遇することによって、現場の裁判官が軽々しく政府の意向に反するような裁判をしないようにプレッシャーをかけるのです。
(最高裁事務総局の政府への配慮、忖度の具体的方法については脚注*1

 もちろんこれは仮説です。
 しかし、法曹界では一定の説得力を持って語られている仮説だということは、一般の方にも知って頂いたら良いことだと思います。

 いずれにしても、安保法違憲判決を得るためには、最後にこの「国の突出した勝訴率」という大きなハードルを乗り越えなければならないのです。

 

頼りにならない裁判所…では、選挙は?

 ここまで言えばもうお分かりかと思いますが、裁判所による安保法違憲判決を待っていたって、それがいつになるかわかりません。
 そもそも、本当に違憲判決が下されるのかどうかすら定かではありません。
 判決に至るまでに、対内的にも対外的にも一体どれだけの既成事実が積み重ねられることになるのでしょうか。

 もちろん、各地で提訴される安保法違憲訴訟については期待して応援したいと思います。
 しかし、本気で安保法を廃止したいと考えるのであれば安閑として安保法違憲訴訟の判決を待つのではなく、他のルートを検討しなければならないといえるでしょう。

 そして次に検討すべきルートは、選挙による廃止ルートです。

(※次の記事(↓)に続きます。)

gekidojo-kyoto.hatenablog.com

                    

 

(弁護士 谷口和大)

*1:例えば、政府の意向に反する裁判官については任地で冷遇します。社会的耳目を集めるような大事件や重要事件が集まる大都市の裁判所には配属せず、地方の支部や家庭裁判所ばかりに転勤させます。
また例えば、昇進で冷遇します。裁判官の報酬等に関する法律では裁判官の身分ごとに細かく報酬額が区分されていますが、その中でも最大の開きがあるのが判事4号と判事3号の間です。判事4号と判事3号では、報酬月額が14万7000円異なります。そして、地方裁判所で合議体の裁判長として大規模事件が裁けるようになるのも、判事3号以上です。つまり、判事3号への出世というものは、待遇の点でも職務内容の点でも、裁判官として極めて大きなステップアップなのです。
判事3号は、裁判官になった以上は何としても越えたいステップではないでしょうか。しかし、判事3号からは、昇進に最高裁の承認が必要なのです。そして最高裁事務総局は、政府の意向に反する裁判官については判事3号への昇進を承認しません。
このように、最高裁事務総局が任地や昇進についての権限を行使して、末端の裁判官まで政府への配慮、忖度を行き渡らせようと図った結果が、違憲訴訟、行政訴訟、刑事事件での国の突出した勝訴率ではないかというわけです。