弁護士の交渉術から見たデモの有効性~「国民」vs「国会議員」~
参議院特別委員会での決議が差し迫ると報じられる中、全国各地では安保関連法案反対のデモが頻発しています。
しかし他方で、政府与党が衆参両院において過半数を占めている以上、デモをしても国会決議に影響はないのではないか、だからデモなど無意味ではないか、という声も聞こえてきます。
そこで、今回は安保関連法案反対デモの有効性について考えてみましょう。
憲法論としてのデモの意義
日本は国民主権を採用しています。
国会議員の議決権は国民から負託されたものですから、国会議員の議決権は国民の意思を十分考慮、尊重して行使されなければなりません。
通常、選挙の争点は多岐に亘り、政府与党の公約が全て例外なく支持されたことを意味するわけではありません。
政府与党の個別の政策が、国民の意思と食い違ってしまうことは当然起こりえます。
そのとき、主権者である国民が、国会議員の議決権行使に影響を与えるべく、デモを通じて意思表明していくことは必要だし、意味のあることです。
これは「国民」vs「賛成派議員」の交渉である
さて、ここまでは建前論。
実際には、先日の衆議院特別委員会での強行採決を見る限り、現在の自民党・公明党連立与党の国会議員は、そんな国民の声など聞く耳を持っていないようにも見えます。
デモにそのような国会議員の議決権行使を変更させる力があるのでしょうか。
弁護士的に見れば、これは「国民」vs「国会議員」の交渉です。
この交渉において、デモはどのような意味を持つのでしょうか。弁護士が普段の交渉において意識的、無意識的に使っている交渉術になぞらえて考えてみましょう。
獲得目標
まずこの交渉においては、与党議員に
① 反対、棄権することが正しいことである、と認識させること、
② 反対、棄権することが自己にとって利益である、と認識させること、
の2点に成功すれば与党議員をして、安保関連法案に反対や棄権の立場を取らせることに成功します。
デモの有効性はこのような獲得目標との関係で検討する必要があります。
社会的証明の法則
安保関連法案反対デモが大規模で、しかも大手メディアで報じられるようになれば、人はこれを正しい意見であるのではないかという印象を持ちがちです。
このように、特定の状況である行動を遂行する人が多いと認識するほどに、それが正しい行動であるとみなしがちであるという人の認識傾向は、社会心理学分野のチャルディーニの法則では「社会的証明の法則」として説明されています。
好意性の法則
また、デモに知人、友人、なじみ深い有名人などが参加しておれば、人は更にデモの発するメッセージを正しいものと認識しがちです。
このように好意を持っている相手の意見や行動を肯定的に評価しがちとなることを、チャルディーニの法則では「好意性の法則」として説明しています。
単純接触効果
そして大規模デモが繰り返し勃発、報道されると、人は更にデモの発するメッセージに対して肯定的な評価を持ちやすくなります。
このように何度も見たり、聞いたりすると、次第によい感情が起こるようになってくることを「単純接触効果」と呼び、この効果を発表した心理学者の名前からザイアンスの法則ともいいます。
さらに、人は安保関連法案反対デモに参加すると、もともとそこまで反対の意思が強くない人でも、その後は賛成に転じず、むしろ反対の意思がより強固になります。
なぜなら、人は自身の中で矛盾する認知を同時に抱えることを嫌い、自らの認知を先の行動と矛盾しないように修正する傾向にあるからです。これを社会心理学では「認知的不協和」といいます。
承認欲求
また、人には他者から認められたいという感情、いわゆる承認欲求があります。
そのため、デモで連日安保関連法案反対の国民意思が大規模に表示されておれば、国会議員にはこれに抗って賛成票を投じることはしたくないという感情が生じると思われます。
交渉術としてのデモの効果
このような社会心理学上の効果を考えると、デモは、多人数が参加するほど、好意を持つ者が参加しているほど、メディアで繰り返し報じられるほど、長期に亘って繰り返されるほど、効果は大きくなってゆきます。
その結果、与党議員に対して「安保関連法案に賛成することは正しくないのではないか、反対こそ正しい選択ではないのか」との不安感を催し、「賛成票を投じたくない」という感情を生じさせることに繋がります。
また、社会には「安保関連法案は否決、廃案にされるべきである」「安保関連法案に賛成票を投じることは間違ったことである」との考えが肯定的な印象を持って拡がることになります。
このような印象は次回選挙において与党にとっては逆風となります。
また、デモに参加した人の内心では、その行動を正当なものとして矛盾なく認識すべく、その後の行動が規定されていくことになります。
つまり、デモに参加したという事実が、安保関連法案に賛成した議員に対しては、次の選挙では票を投じないという行動を強く促すことになります。
そのため、デモが続けば、国会議員は徐々に、賛成票に固執することは不利益、反対に転じることが利益になるとの判断に傾いていきます。
最近、SEALD'sのデモでは「賛成議員を落選させよう!」というコールが現れているようです。好みの問題はあるかもしれませんが、交渉術としては直接的かつ効果的であろうと思われます。
したがって、デモには
① 反対、棄権することが正しいことである、と認識させ、
② 反対、棄権することが自己にとって利益である、と認識させる力がある
といえます。
レバーをめがけて打つべし
もちろんこのようなデモの効果は一朝一夕に現れるものではなく、まどろっこしいものですが、「無意味」という評価は誤りです。
デモは一発では効かなくても、繰り返すことで、必ずや脇腹(レバー)を的確に捉えるボディブローのように効いてきます。
反対の声に耳を貸してくれないように見える賛成派議員も人の子、これだけの世論の盛り上がりを見せつけられれば必ず堪えているに違いありません。
そろそろ足に来てるはず、賛成派議員がくの字になって膝をつくそのときまで、信じて打つべし、打つべしなのです。
(弁護士 谷口 和大)
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