【京都の弁護士グループ】安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

怒れる京都の女性弁護士たち(男性弁護士も可)が安保法制の問題点について意見するブログです。

【寄稿】私としては「現在秘密保護法は施行されてしまっているのだ」と言いたい。~弁護士 吉田 薫

※吉田薫弁護士からご寄稿いただきました!

 

1.前置き・・・「いきなり戦前のようになることはあるまい。」と思っている人に言いたい。

 現在の日本は、先の戦争という事実を踏まえ、「戦争放棄」「平和主義」を宣言し、これがあるので「できないことはできない」として、ここまでやってきた。
 実際上は、「これはこれとして」とか、「ここまでなら」とか言って、理想とはかけ離れた部分が多いことは多い。
 しかし、それでも看板だけはおろさず、その枠組みの範囲内であるとして、議論を積み重ねていた。

 今の議論は、そんな枠組みを踏み越える、むちゃくちゃな議論である。

  それでも「いきなり戦前のようになることはあるまい。」と、そのまま見守っている人も多い。

 そういう人に対しては、私としては「現在秘密保護法は施行されてしまっているのだ」と言いたい。

  現在の秘密保護法が積極的に適用されるようになれば、集団的自衛権に関して出ているいわゆる例え話も、ほぼ何の意味のない議論となってしまう。

 政権は、少なくともこの分野では、ほぼ完全なフリーハンドの情報操作と活動が可能であり、これをコントロールしようとする者との間で、刑罰権をもとに、圧倒的に優位な立場に立っているからだ。

 このことを、前提に考えてほしいと思う。

 とにかく、現在の秘密保護法は、まずは一旦は廃止にしてから、現在国際情勢下における日本のあり方について、きちんとした議論がなされなければならないと考えている。

 

2.1985年には阻止できたが、2013年にはできなかった。

 1985(昭和60)年、国家秘密法は、法案の成立を阻止できた。

 私は、この年弁護士になったばかりであったが、いきなり「京都弁護士会国家秘密法阻止対策本部」の活動に参加した。
 本部長代行は、今は亡き酒見哲郎弁護士で、私のボス弁であった。

 この年はいったん廃案になったが、その後も何年も再上程の話があり、その後ようやく終息し、法案の成立が阻止できた。
 「スパイ防止」ということでなかなか一般の関心を持ってもらいにくいところで、弁護士会が活動できたと感じた。

 

 しかし、その27年後の2013(平成25)年には阻止できなかった。

 特定秘密の保護に関する法は、国民に判断材料を与えずに「判断せよ」というものであり、国民主権を形骸化する法律だとして、大きな反対があったものの、2013(平成25)年12月6日、成立してしまい、2014(平成26)年12月10日、施行された。

 既に市販の小六法にも掲載されている。

 

3.戦前の法制よりもむしろ、秘密の範囲が拡大されてしまっている。 

 戦前の主な秘密保護法として、「軍機保護法」「要塞地帯法」「軍用資源秘密保護法」「国防保安法」などがある。
 どこに基地があるか、そこで何が製造されているかなど、その地域に住んでいる人なら誰でも知っているようなことまで「軍機」とされた。

 たとえば、「宮沢・レーン事件」。
 1941年、北大生が、英語担当の外国人教師レーン夫妻に、根室の海軍飛行場(リンドバーグの太平洋横断後の着陸地として世界中に報道され絵葉書にも載っていた。)について話したというだけで、「海軍が公表しなければ秘密に該当する」として、軍機保護法違反として、逮捕され、長期間の懲役刑に処せられた。

 ところで、今回の秘密保護法は、外交やテロ対策まで適用範囲を拡大しており、軍事情勢に対象が限定されていた戦前の法制よりも、むしろ秘密の範囲が拡大されてしまっている。

 

4.秘密保護法の法律の構造とその根本的な問題点

①秘密の恣意的な指定を防ぐことができない。

 安全保障、外交、テロリズム対策、特定有害活動(スパイ行為など)、秘密指定できる情報はきわめて広範囲であり、恣意的な特定秘密指定の危険性は解消されていない。

 しかも、法案の最終段階で、テロリズム対策がもぐりこんだ。
 テロといえば、いつどこで何が対象となるかわからない。
 逆にいうと、「テロの恐れがある。」といえば、どこまでも何でも、秘密指定の範囲をそれこそ際限なく広げることが可能となってしまうのではないか。
 この条項のもぐりこみについては、私としては、強い危惧を抱いている。


②秘密の有効期間と解除についての定めに関しても、特定秘密が最終的に公開されることが確実な法制度になっていない。

 5年の範囲で指定延長され、原則30年以内とされた特定秘密文書については、保存期間内に、廃棄してしまうことが可能な仕組みとなっている。
 そのため、多くの特定秘密が市民の目に触れることなく廃棄される可能性がある。


③ 厳罰化と処罰の早期化

 これまで国家公務員法等で原則1年以内、自衛隊法でも5年以下とされていた刑罰を懲役10年以下と厳罰化し、独立教唆、共謀、扇動も取締り、処罰される時期を早めている。
 秘密漏えいを取り締まろうというより、秘密に接近しようとする行為自体を罰しようとしている。

④不十分な第三者機関

 政府の恣意的な秘密指定を防ぐためには、すべての特定秘密にアクセスすることができ、人事、権限、財政の面で秘密指定行政機関から完全に独立した公正な第三者機関が必要なことは、ツワネ原則等、今日の国際的常識である。

 しかし、「独立公文書管理監」などの制度にはこのような権限と独立性が欠けている。
 これについては、せめて、スタッフが秘密指定機関に出戻ることを認めないノーリターンの原則、すべての秘密開示のための権限、内部通報を直接受けられるようにすること等、運用基準レヴェルで容易に対応できるはずの意見すら、取り入れられなかった。

⑤ 通報制度の不十分さ

 運用基準において一応作られたが、内部通報を優先しており、また違法行為の秘密指定を禁止する法制を欠いているため、実効性のある公益通報制度とは評価できない。

⑥人権侵害を生む適性評価

 評価対象者やその家族等のプライバシーを侵害する可能性があり、また医療従事者などの守秘義務を侵害する可能性がある。


5 刑事事件に対する具体的なイメージを持っているから、弁護士はこれほどまでに反対する。

 岩波ブックレット921「秘密保護法対案マニュアル」(2015年3月5日第1刷発行)の5章は、「事件に巻き込まれたら」と題して、

 「刑事手続きを把握しよう!-起訴前と起訴後」
 「逮捕されたときは?-弁護士を呼ぼう」
 「取り調べの注意点」
 「可視化を有効に利用しよう!」
 「被疑者ノートを書こう!」

などと書かれている。

 終わりにおいては、

「委縮しないことが闘い」
「国際社会からの監視」

などと書かれている。
   
 秘密保護法に関する事態は、既にここまで来てしまっている。
 刑事事件等に対する具体的なイメージをもつ、弁護士、弁護士会が、なぜ秘密保護法にこれほどまでに反対するのかということの一端が表れる内容でもある。

 「忘れっぽい」とも評される日本社会でも、秘密保護法に対してはさすがに法律が制定されたあとも粘り強く運動が続けられている。
 廃止を求めていくだけでなく、安全に活動できる範囲を確定しこれを広げる努力を、法律施行後も継続していく必要がある。

 

6 新聞人はどうしたか

 「戦争は秘密から始まる―秘密保護法でこんな記事は読めなくなる」とする日本新聞労働組合連合からの本も出ている(2015(平成27)年2月25日第1刷発行)。
 ここでは、新聞の経営者団体である日本新聞協会は、国家機密(秘密)法案に対しては厳しく反対したが、今回の法案に対しては、最後まで反対を明確に表明することはなかったと評価している(日本新聞協会も、国民の知る権利や取材、報道の自由を阻害しかねないなどの懸念がすべて払拭されたとは言いがたいとの意見は表明しているが・・・。)

 

7 施行後の特定秘密の指定は、文書数ではなく、1項目を1件としてカウントとする。

 秘密保護法施行まで政府共通の秘密基準として運用されてきた「特別管理秘密」は、文書や写真を1点ずつ、1件と数え、2013(平成25)年末時点で47万1856、2014(平成26)年6月時点で約21万とされている。
 この減少の原因は情報収集衛星のシステム更新によりその保有枚数が減らされたことによるようである。
  
 2015(平成27)年1月9日の新聞では、2014年の年末段階で、10省庁が382件(項目)の特定秘密を指定したとする記事が出ていた。
 同年4月17日の段階で、特定秘密文書の数が18万9193点として、公表された。

 秘密法施行後は、特定秘密は1項目を1件として指定している。
 例えば、

「日米安全保障に関する情報」
朝鮮半島に関する情報」
「日ロ平和条約交渉に関する情報のうち、北方領土問題に関する外国政府との交渉もしくは協力の方針もしくは内容または収集した情報、その収集整理もしくは能力」

等というような具合である。

 分野別としては、
① 防衛247件(防衛庁
② 外交113件(外務省、内閣官房海上保安庁など)、
③ スパイなど防止18件(警察庁、公安調査庁
④ テロ防止4件(警察庁、公安調査庁
である。

 カウントの仕方の違いに惑わされることなく文書数に留意する必要がある。    
 

8 情報監視委員会の稼働体制が準備されていない時点で法施行

 2014(平成26)年6月の国会法改正の際に、衆参両院にチェック機関を置くという趣旨で情報監視委員会が設置されることとなっていたが、平成26年末の法施行時点においても委員会の稼働体制が準備されていなかったことが明らかにされている。(同年3月2日付の毎日新聞)。

 2015(平成27)年2月26日に、衆議院について委員を選任したが、委員の選任に先立つ議院運営委員会の席上では、特定秘密文書の題名を「黒塗りせず審査会に提出」されるのかという質問に対して「出す、出さないは精査中だ、今の段階で申し上げられない。」という状態だったのであり、チェック体制の基礎さえ固まっていない状態で特定秘密保護法が施行されてしまったものである。

 

9 結語

 今しきりにされている集団的自衛権の議論についても、現状の秘密保護法の下での話である。
 現在進行形の実際のこと等は「お前ら(国民、議員等)には知らせない」と政権が情報を独占し、国民が主権者として判断をするのに必要な情報を全く与えないということが是認された中での話である。
 まともな判断さえできず、事後的検証さえできないということがわかりながら、「なんの議論か!」といいたい。

 危険な秘密保護法は、まだ廃止できておらず、現実の法律として存在している。

 とりあえず、この辺で一旦筆を置くことにするが、集団的自衛権の話をするときにも、このことだけは忘れないでほしい。
 そして、どのようの情報のもとで、どのようが事が起こり、起こったことをどのように知り、知らされないこととなるのか、具体的な想定をして議論をしてほしい。

(弁護士 吉田 薫)