【京都の弁護士グループ】安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)

怒れる京都の女性弁護士たち(男性弁護士も可)が安保法制の問題点について意見するブログです。

「国家緊急権」の危険性~憲法の破壊につながるおそれ~

 現在憲法改正の議論において大きな話題になっている「国家緊急権」について考えてみたいと思います。

  「国家緊急権」とは、簡単に言うと、災害や戦争など緊急事態が発生したときに、憲法に基づく立憲主義を一時的に停止して内閣総理大臣に権限を集中させることを認めることを言います。

  もう少し厳密に言えば、「戦争、内乱その他の原因により、平常時の統治機構の作用をもっては対応できない緊急事態において、国家の存立と憲法秩序の回復を図るためにとられる非常措置権」とされています(佐藤幸治日本国憲法論」)。

 結局のところ、緊急事態が発生すれば憲法を停止して内閣総理大臣に力を集中させてしまうというもので、いわば憲法の枠外の状態を作り出すという立憲主義との関係では非常に危険な制度です。

 

 2012年4月27日に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」でこの国家緊急権に対応する緊急事態条項が規定されており、緊急事態の宣言が発せられたときは、内閣は、法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行うことができるなど権限を集中させる規定がある一方、何人も非常事態宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならないとされています。

 安倍首相は、東日本大震災において対応の遅れが生じたのは国家緊急権が制定されていなかったからであるとか、フランスでのテロを契機に日本で同じことが起きても国家緊急権がないので対応できない、として、緊急事態条項の創設が憲法改正の優先事項としているようです。

 

 しかし、国家緊急権を創設することは、内閣に権力を集中させることとなり、行政、立法、司法と権力を分けた三権分立の立場や法による統制を目指す立憲主義とも反するものであり、日本国憲法の基本中の基本の部分を破壊する恐ろしい事態を招くことになってしまうのです。
 そのうえ「緊急事態」に該当するかどうかの判断を内閣に与えることになるため、自らの都合に合わせた運用がなされる危険があります。

 

 そもそも、災害時や緊急事態における対応については、予め想定できない場合に備えて権力を集中させるというのではなく、普段からの備えを十分に行うことと、万全の法体制を構築することで対応すべきものです。

 実際に東日本大震災のときに国家緊急権がなかったから対応できなかったといえるような事例は思い当たりません。

 

 このように国家緊急権を創設すべき理由が特になく、むしろ憲法破壊の危険があるにもかかわらず、憲法改正の目玉とされているのはなぜでしょうか?

 一つは、災害やテロへの対応という国民の理解を得られやすいこの条項を憲法改正の足掛かりにしたいという考えが見え隠れしています。
 もう一つは、「権力に対して制限を加えるためのもの」としての現在の憲法を否定し、国民を縛るためのものとしての憲法(そもそも憲法と呼べるか疑問ですが)に転換しようとする意図も見えます。

  「災害に対応するため」といった聞こえのいいフレーズに惑わされず、憲法が誰のためにあるのかということを忘れないようにしたいものです。

                            (弁護士 浅井亮)