【寄稿】安倍首相の70年談話感想と僕の戦争体験~弁護士 出口 治男
※戦中生まれの出口治男弁護士(第22期)から寄稿いただきました!
安倍首相の70年談話感想(1)
安倍首相の70年談話を、テレビで一部始終見た。
日露戦争の前に、この国は台湾を征服し、日清戦争をし、日露戦争の後、韓国を併合した。
自国の独立を守ったかもしれないが、アジア諸国を自己の支配下に置いた。
脱亜入欧で膨張していったと僕は思う。
だから、安倍談話の歴史観には違和感はあるが、それは措く。
僕が感じたこと。
話すときの表情が、余裕がない。
そう思いながら聞いていたら、次のようなくだりが聞こえてきた。
「これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが戦後日本の原点である。」
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度ともちいてはならない。先の大戦への深い悔悟の念と共に、わが国は、そう誓いました。」
「自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持して参りました。」
「70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いて参ります。」
これを聞いたとき、僕は、安倍首相は、遂に、安保関連法案を撤回するつもりなのだと思った。このくだりを聞いた人は、誰もが、僕と同じ思いを抱いたと思う。
しかし、お盆明けに法案の審議が始まったら、相変わらず政権は、法案の成立を期している。
とすると、安倍首相のこの発言は、一体なんだったのか。
一方で、安保関連法案の成立を頭に描きながら、他方では、それと正反対のことを話している。
こんなことを平気で出来るとは。
改めて、シュールな映像だったと、思い返すと、背筋が寒くなる。
安倍首相の70年談話感想(2)
70年談話は、わが国は、自由で民主的な国を創りあげ、法の支配を重んじてきたと言う。
しかし、安倍政権は、特定秘密保護法を強引に作り上げて、この国を、不自由で反民主的な国に造り変え、更に、憲法解釈で集団的自衛権の行使は可能だと言いだし、安保関連法案を衆議院で数にまかせて強行採決した。この経過を見ると、どこに法の支配があろうか。
言葉の真の意味とは全く裏腹な行動をしてきた人物から、自由で民主的な国だとか、法の支配だとかと言う言葉が臆面もなく言われると、自由、民主、法の支配と言う人類の苦難と英知をその中に含む言葉は、一瞬にして黄金の輝きを失い、瓦礫に変わってしまう。
言葉が軽いと言う類ではない。
嘘と言うことでもない。
テレビの音声から感じたのは、この人物は、人類が長い時間をかけて築いてきた言葉の持つ普遍的な価値や意味をなーんにもわかっていないと言うことだった。
このとき僕は、この人物にとっては、自由とか、民主とか、法の支配と言う言葉は、単なる発音記号に過ぎない、その言葉を話しながら、その言葉とは全く別の光景が、脳裏に展開している、話が噛み合わないとか、対話が成り立たないと言うレベルではなく、孤独な一人芝居が行われている、戦慄すべき状態をそこに感じた。
恐ろしい話である。
それに対して、8・15戦没者追悼式での天皇の「深い反省」という話には、すとんと落ちるものがあった。
パラオのペリリュー島で慰霊の祈りを捧げる天皇、皇后の姿や、本年正月の天皇の話が僕の胸中にあったからかもしれない。
僕の戦争体験
僕は、昭和20年2月生まれだから、戦争の実体験はない。
しかし、僕の伯父たちの中には、戦争で負傷し、死ぬまで傷に苦しみぬいた人、関東軍の将校でシベリアに長く抑留され、遅く帰国した時、実家では既に弟が後を継いでいたが、それを押しのけるようにして入ったために、弟一家は、その後長く流浪の生活を余儀なくされ、他方後を襲った伯父も、ついに幸福な家庭を築けなかった人がいた。
戦争は、こうした名もなき民草をも、不幸におとすと言うことを、僕は知っている。
また僕は、北陸の山間の小さな町の出身だけれど、小、中学校の同級生や上級生には、父親が戦死した人は10指を超える。
僕も、父が昭和20年になって3度目の召集を受け、舞鶴から輸送船団に乗るとき、急に乗る船が変更になって、辛うじて戦死を免れたが、父が予定通りその船に乗っておれば、舞鶴を出た途端に船が沈められて、僕は靖国の遺児になっていた。
父の出発の前に、僕は母に連れられて舞鶴に行き、父と最後の別れをした、と母は言っている。戦争中は、皆、紙一重の人生を、歩んでいたのだ。
その切実な思いを、今、政権と与党を担っている人達は、本当に分かっているのだろうか。
僕が、父と最後の別れをした時、父は、どこへ行くか、母は知らされなかったと言っていた。軍の機密だから。
今回の法案が可決されると、自衛隊の海外派遣の際の多くの事項が、特定秘密に指定されて、国民の目から、全く見えなくされることになるだろう。
僕の父の出征のときと同じように。
更に、自衛隊派遣を批判する人々は、警察や、自衛隊の監視下に入るだろう。
「自衛隊員が戦地に行って命を懸けて戦っているのに、批判をするとは何事か。」
言論の自由は、萎縮するだろう。
戦前は、戦争を批判する自由は、一切なかった。
僕の祖父が、昭和20年に入り、次々と南の島が陥落していくのを知って、この戦は負けると家で言っていたのを聞いて、僕の母は、そんなことを言っているのを憲兵なんかに聞こえたら大変だと肝を冷やしたと言っていた。
僕の母の恐れは、国を挙げて戦争を行うと、必ず生ずることだ。
法案が成立すると、特定秘密保護法の問題や、言論の自由の萎縮の問題などが必ずうごめいてきて、平和主義とともに、国民主権、基本的人権の尊重と言う、この国の基本原理が、根こそぎ破壊されていくことになることを、僕は心底憂えている。
この国が完全に変わってしまうのだ。
安保関連法案の成立を許してならない。
老若男女、全ての人達と手を携えて、なんとしても成立を阻止するために、力を尽くしたいと思う。
(弁護士 出口治男)
※出口弁護士が有志と共に国会議員に送付した書簡についての過去記事もぜひご覧ください。
戦中生まれの6名の弁護士有志、京都府下選出国会議員に安保関連法案の廃案を求める書簡を送付 - 安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)