近未来ミニ小説「あしたの世界」第1話 避難訓練
時は、2017年5月。
「あきら君、どうしよう! 私、『自主防災組織』のリーダーになんかなりたくないし、研修会にも出たくない。どうやったら断れるやろか?」
夫は言った。
「なんでや? 災害の避難訓練の研修なんやから、ええことや。ゆみが行ったらええやん。パートは週3日なんやから、時間はあるやろ。」
私は中田由美子、34歳。パートで家計を助ける主婦。夫は中田明、38歳。大阪市内の会社に通勤するサラリーマン。私達には小学校4年生と1年生の女の子二人がいる。
住まいは京都市下京区の古い住宅街。去年、町内会の役員に選ばれ、地蔵盆など町内の行事にがんばって出ている。
先日の町内会の会合で、「避難訓練」が話題になった。京都市の主催で、来年、地域の小学校で、消防団や町内会が連携して、「自然災害」と「武力攻撃災害[i]」を想定した「避難訓練[ii]」をするという。武力攻撃が迫ったり発生したときに鳴らされるサイレン[iii]も、国の方でもう作ってあるという。
そして、万が一の事態[iv]に備えて、「自主防災組織」を作るらしい。そのリーダーの研修会をするので誰か出してほしい、そう京都市から言ってきたというのだ。嫌な予感がして黙っていたけど、やっぱり町内会では若手で比較的時間の余裕のある私に白羽の矢が立った。「とりあえず主人に相談しないと・・・」と、返事を濁して帰ってきた。
「ううん、自然災害の避難訓練とちがうの。『自然災害』と『武力攻撃災害』と一緒に混ぜて想定して、組織作って、訓練とかするんや。私は、長崎出身のおばあちゃんから、戦争だけはしたらあかんって教えてもらって育ったから、戦争を想定したことに協力するのは、嫌や。なんか断るええ方法を考えて。」
「ぶ、ぶりょくこうげきさいがい? なんちゅう造語や。いつ、そんなこと決まったんや?」
「2004年に国民保護法っていう法律ができて、その法律にしたがって、もう、京都府でも京都市でも『国民保護計画[v]』を作ってあるの。それで、今回、避難訓練の話が出てきたらしい。」
「ほな、しゃあないやないか。自然災害の防災も一緒になっているのに、『自然災害の防災訓練には協力しますが、私は戦争反対の意見を持っているので、武力攻撃災害を想定した訓練とリーダーは嫌です』って断るわけにいかんやろ。そんなことしたら、近所で目立ってマークされるぞ。子どもが学校で虐められたら困るやろう。」
「そしたら、私の気持ちはどうなるの? 戦争反対って大事やと思って生きてきたのに。なんでそんなに簡単にスルーするの? あきら君は、ちっとも私の気持ちをわかってくれへん。」
「うるさいな。もう決まったことやったら、適当につきあうしかないやろう。
あっ、そうや。家計が苦しいからパートを増やすので、忙しいから出られませんって言って断る。これでいこう!」
はあ・・。面倒なことはいつも私が押しつけられる。「もう決まったことや」って、あのとき「こんな法律、何かおかしくない?」と話をしたのに、やっぱりこの人は何も聞いてへんかったんや・・。でも集団的自衛権とか、もう誰も騒いでいないし、安全保障法制も通ってしまったし、いまさら反対しても浮いてしまうだけなのかなあ。 おととしの、あのときに、声を挙げておけばよかったのかなー。
おばあちゃんは、言っていた。「戦争中、1943年あたりから、戦死する人がグッと増えて、徴用やら食料難もきびしくなって、戦争はいややって思う人は多かったけど、そのときには、近所の監視体制ががんじがらめで、非国民と言われるのも怖くて、もうなんにも言えなかった。」って。悩むわぁ‥
→ 第二話に続く。
近未来ミニ小説「あしたの世界…安保法案が通ったら」第2話 自衛隊員の休暇 - 安保法制に異議あり!怒れる女子たちの法律意見書(※男子も可)
(弁護士山下信子 弁護士吉田誠司)
[i]武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(通称:国民保護法)2条4項では、武力攻撃災害とは、「武力攻撃により直接又は間接に生ずる人の死亡又は負傷、火事、爆発、放射性物質の放出その他の人的又は物的災害」と定められています。
第42条(訓練)
1項 地方公共団体の長らは、国民の保護のための措置についての訓練を行わなければならない。この場合においては、災害対策基本法の防災訓練との有機的な連携が図られるよう配慮するものとする。
3項 地方公共団体の長は、住民の避難に関する訓練を行うときは、当該地方公共団体の住民に対し、当該訓練への参加について協力を要請することができる。
これらの規定に基づき、京都市国民保護計画第2編第7章には、「実施する訓練の種別等に応じて,市民に当該訓練への参加を広く呼びかけ,訓練の普及啓発に努める。」と定められています。
[iii] 以下で試聴することができます。
[iv] ここでいう万が一の事態とは、当然自然災害だけでなく武力攻撃災害も含まれます。
[v] 京都府国民保護計画と京都市国民保護計画は、それぞれ以下で確認できます。